「焼夷弾」が終戦記念日と重なり注目を集めています。特に、終戦前夜の1945年8月15日未明に群馬県伊勢崎市を襲った「伊勢崎空襲」の実態が、関連企画展や記事で報じられ、話題となっています。この空襲では、米軍のB29爆撃機86機が約2時間にわたり9574個もの焼夷弾を投下し、約2千戸が被災、約40人の尊い命が犠牲となりました。しかし、当時の伊勢崎市長が市民に即時避難と初期消火を行わないよう指示したこと、そして無風状態であったことが重なり、奇跡的に延焼が抑えられ、多くの命が救われた側面も報じられています。企画展では、焼夷弾の実物や焼け焦げた遺品などが展示され、当時の悲惨な状況と、そこからの復興の様子が伝えられています。戦後80年を迎え、戦争の記憶を風化させないための取り組みとして、各地で同様の展示や語り部活動が行われています。